生まれ変わりたい?だったら古い自分を捨てることだ!
生まれ変わるには何かを得るのではなく、ただ捨てること
こんばんは^^
たけしです!
今日は人が生まれ変わるにはどうしたらいいのかお伝えしたいと思います!
皆さんも一度は変わりたいと思ったことはあるのではないでしょうか?
僕自身は大学時代、本当に変わりたいという思いでいっぱいでした。
そのため、毎日のように自己啓発本を読んでいたかと思います笑
僕自身もやっていたのですが、人が変わるために必要なことは新たな知識を吸収することが大事なように思いがちです。
しかし、実際に大事なのは自分の悪い部分を捨てることです。
例えばある高校生が未成年なのにも関わらずお酒を飲んでいたとしましょう。
お酒を飲むことは未成年にとっては悪い習慣です(成人した人にも有害ですが、ここではわかりやすい例ということで)。
もし高校生が、アルコール依存症になっていたのであれば、お酒をやめることがその人が変わるための方法です。
つまり、お酒をやめることがその高校生を生まれ変わらせることになります。
このように生まれ変わるためには自分の中にある悪い習慣であったり、間違った方法、間違った固定観念などを捨てないといけません。
そうしてこそ、人は変われるし、新しいものを吸収できるようになるかと思います。
新しく変わるためには古い何かを捨てないといけないのです。
今夜はこのあたりで失礼します〜
成功の秘訣、それは宣言すること
成功の秘訣は宣言にあった
こんばんは^^
たけしです!
今日は成功の秘訣を皆さんにお伝えできたらなと思っております。
成功という言葉を聞いて皆さんは何をイメージしますか?
お金持ちになること?有名人になること?
どちらも正解であるし、不正解とも言えます。
成功とは自分の目指している夢、目標に対して使われる言葉ですので、そもそも人によって成功とは違います。
皆さんは現在何を目指していますか?
僕の夢は作家になることです。
そのために毎日ブログを書いております。
このように、自分が何になりたいのか、どこに向かっているのかを宣言することはとても夢を実現する上で重要なことです!
人は宣言することによって、その宣言、約束を守ろうとするのです!
何かをなすと一度決めてしまえば、それを成し遂げようとするのです!
つまり、大事なのは決断力です。
成功者は決断力が他の人よりも長けているのです。
何か決定を先送りにしてはいないでしょうか?
先送りしても何の解決にもなりません。
するかしないかをすぐに決断するのです。
決断したら、その決意がブレないためにも『宣言』するのです。
そうしてこそ、成功が近いです。
宝物は願うのではなく、自ら探せ!
宝物とは自ら探すもの
私が大事にしている哲学があります。
それは、夢を願ってばかりで終わらせないで、とにかく行動することです!
何か得たいものがあるのなら、それを得るための努力は当然必要になってきます。
しかし、人は皆1の苦労だけで100を得ようとします。
例えば、宝くじがその一つです。
たった数百円のくじで、億万長者になれる可能性があります。
しかし、そんなのは本当に夢でしかありません。
お金を得たいのなら、当然お金を稼ぐ方法をしっかりと学ばないといけないし、それだけのスキルを習得しないといけません。
宝物を得るためには?
とにかく、探し求めることです。
行動あるのみです。
何を得るのにもタダと言うものはありません。
たとえ無料のクーポンがあったとしても、結局他のものを買わないと使えないクーポンであったり、それだけの時間を払わないといけないものです。
この世界は結局やった分だけ得られる法則があるのです。
皆さんはどんな宝物が欲しいですか?
ある人にとってはお金であるし、ある人にとっては時間であるし、ある人にとっては恋人であるし、ある人にとっては家族であるし、ある人にとっては友人かもしれません。
どんな宝物だったとしても、それだけの努力は必要です。
だから、願うばかりではなく、行動あるのみです。
ここで重要なのは、宝を得るためには貪欲であった方がいいということです。
とにかく妥協してはいけません。
何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはなりません。
行動してもなかなか宝物は得られないかもしれません。
だらか、宝物を得られない人も中には出てきます。
宝物を得るためには絶対に宝物が手に入る時まで探し求め続けなくてはならないのです。
必ず、見つかると手に入ると信じて探し求めてください。
そうすれば必ず夢が実現することでしょう。
最後まで突き進もう
自分の人生は一度きり、最後まで突き進もう
僕が今まで生きてきた中で大事にしている哲学があります。
それは、、、
『物事に限界を決めないこと』です
人は大概、限界を決めてしまいます。
例えば、大学受験を控えている高校3年生がいるとしましょう。
その学生は自分の学力という限られた範囲の中で志望校を決めるかと思います。
もちろん、それがその子にとっては安全で、リスクの少ない賢明な選択かと言えると思います。
ですが、そこには自分のやりたいことに対しての妥協があり、自分の能力ではこれくらいが限界だと決めつけているのです。
本当はもっとできるかもしれないのに、その子の潜在的な能力を引き出せませんでした。
結局はその子のやる気次第で、いくらでも進路は変えることができます。
色々学校の先生に聞いてみれば、学力以外の部分で評価をしてくれる学校があるかもしれないですし、先生から色々とコツを聞き出せるかもしれません。
何事もまずはやってみることですし、その中で妥協することなくやりぬくことです。
そうした中で答えが見えてきます。
自分の限界を超えることができます。
僕は自分に限界をつけてばかりの人だったかと思います。
しかし、今では限界をつけることに囚われずに、自分の限界に挑戦するようになりました。
『自分がどこまでできる人間なのか?』と
皆さんも安住せずに、チャレンジしてみてはいかがでしょうか?
どうしてジェラシーを感じるのか?
はじめに
こんばんは^^
たけしです!
いきなりですが、僕はよく人を羨ましく思ってしまうことがあります。
そもそもどうして人は羨ましいという感情を抱いてしまうのか、もっと言うならジェラシーを感じてしまうのでしょうか?
どうしてジェラシーを感じるのか?
僕がジェラシーを感じる時って、すごい輝いている人を見るときかなって思うんですよねー。
最初は憧れの感情が強いのですが、だんだんとそれが嫉妬になってたりするんでよね。
でも、どうして妬ましく思ってしまうのでしょうか。
理想をいうならばみんなのことをリスペクトできればいいのですが、現実はそうはいかないんですよねー。
なぜでしょうか?
やっぱり心のどこかで勝ちたいっていう気持ちがあるのかもしれないです。
それで、自分の方が劣勢だと感じるとその人にジェラシーを感じるのでしょうね。
僕は人間である以上一番になれませんし、そもそもその考えが間違っているのですね、きっと。
でも、どうしたらジェラシーを感じられずにいるんでしょうか。
ジェラシーを感じないためには?
僕はジェラシーを感じないためには、自分のことを自分でしっかりと認めることが重要です。
ジェラシーとは、人と比較をし、自分の評価を過度に気にしたり、もっと愛されたいと強く願うから起きる感情です。
だったら、まずは自分のことをしっかり自分で愛することです。
そうすればそんなにジェラシーを感じることはないです。
僕自身は昔ジェラシーの塊だったかと思います笑
でも、最近ではそのような感情を持つことはかなり減りました。
皆さんも自分を認める練習をしてみてください。
認めることは何でもいいと思います。
以前できなかったことが少しでもできるようになったのであれば、成長した自分を認め、自分の立ち位置を認め、自分がどんな人間か振り返って認め、、、
様々なことを認めると自然とジェラシーはなくなります。
料理番組始めました!
料理番組スタート!
皆さん、突然ですが料理番組を始めることにしました〜!
コンセプトは『簡単』・『早い』・『安い』です。
↑牛丼屋みたいですね笑
では早速ご覧ください〜
どうでしたか?
正直、動画と料理のクオリティは高くないと思います。
↑って全部じゃん笑
今日から料理番組を始めましたが、料理にも僕なりの哲学が詰まっています。
それは、無駄を無くし合理的であることです。
僕にとって料理に時間をかけるのはあまり好きではないので、なるだけ短時間に作り、コストを抑えることに重点を置いています。
特に社会人になると自分の時間はほとんどないため、今回のような料理番組を始めようと思いました。
普段は外食が多く、料理をするのが面倒な私でも簡単にできる料理を増やして、外食をなくすのが目標です。
時間がない方、料理が苦手な方、是非試してみてください〜
なぜ人は怒るのか?
なぜ怒るのか?
人が怒る時ってどんな時何だろう?
怒る時って大体自分の思い通りにならない時ではないだろうか。
そういう気持ちになるのは自分自身に余裕がない時が多いと思う。
人が怒っている時って自分の期待通りにならない時や、自分の望み通りにならない時、失望する時ではないだろうか。
でも、僕はそうやって怒ったり、説教をしている人を見るとどうしても耐えられない。
なぜだろうか、、、
きっと怒っていることが嫌なのではなく、何の為に怒っているのかを考えてしまうからだろう。
怒っている理由が、その人のストレス発散であったり、その人の権威を守るためであったり、その人の立場を守るためなど、、、
怒る理由が相手のことを思っているならば、私は怒られてもいいが、怒っている人が自分のことしか考えていないならば、そこに教育と呼べるものはなく、ただ怒りをぶちまけているだけにすぎないだろう。
僕自身も他人に対して怒りを感じてしまう時がある。
それは、人の間違い、矛盾に気づいた時だ。
自分が当たり前にできていることを相手ができないと、なぜか怒りを感じてしまう。
それは相手に対する期待に裏切られたと感じるからであろう。
また、相手がズルをしているならば、それは本当に嫌です。
僕の中にあるそういった気持ちはまだまだ眠っているし、今現在も結構あると思う。
これからはそういった自分と向き合っていこうと思う。
ありがとうございました。